★ エイリアンを作ろう! ★
<オープニング>

 その公園では子供たちの歓声が上がっていた。
「すげーっ!これオッサンが作ったの!?」
 興奮して頬を紅潮させた男の子の問いに答える声は高くはないが低くもなく、妙に仰々しい。
「うむ。次にオッサンと言ったらもう触らせんぞ」
「チェッ、ケチ!」
 元来、公園には子供の歓声が飛び交っていて然るべきだが、今回のそれは多少、いつもとは違う種類の声が上がっているようだった。
 わいわいと集まる子供たち、その中心に片眼鏡(モノクル)をかけた初老の男性が座っている。子供たちが熱心に見つめている先、男性の足元には、体長30センチほどの歪な形をしたぬいぐるみのような、粘土で出来たモンスターがちょこちょこ歩いていた。その隣には、多少デフォルメされているものの、明らかに男性自身を模したと思われる、同じく体長30センチほどの動く粘土人形がいる。その更に隣には、映画でしか見たことがないような凶悪な外見のエイリアン、の動く粘土人形。
 そう、動いている。
 粘土の人形が。
「いいなー。コレ、俺も作ってみたい」
「僕もー」
「好きな形にできるんでしょ?」
「オッサン、それいくらー!」
「オッサンと呼んだ奴には売らん!」
 言いながらも鞄から取り出した派手な色のビニールの小袋をずらりと地面に並べる。
「ふっふっふ、これはのぅ、私の発明した【超簡単!これであなたにも理想のエイリアンが作れちゃう!?馬鹿でも出来るエイリアン作製キット】!」
「オッサン、説明長ーい」
「だまらっしゃいっ!特別に作り方も伝授してやろうと言うておるのじゃ!大人しく聞かんか!」
 しかしそれで黙ったら、全国の小学校・中学校勤務の教師は苦労していない。
「作り方って言ってもさー、説明書あるじゃん」
「粘土に混ぜてこねるだけ!とか書いてあるし」
「いいからさー、さっさと売ってよオッサーン」
「オッサンと呼んだ奴には売らんぞ!」
 頑なにオッサン呼ばわりを拒む男性だったが、子供たちが次々に手を伸ばして【エイリアン作製キット】を奪っていくと、慌てたように叫んだ。
「粘土は別売りじゃぞっ!」
 自分の後ろにある粘土の山を指し示す。子供たちはあからさまに不機嫌になった。
「えー」
「ケチッ」
「こどもにたかるのかよー」
 一気に険悪ムードになった場で、果てしなく鈍感な男性が胸を張って勝ち誇ったようにふんぞり返る。
「ただし、ここで作っていくのなら粘土はタダにしてやらんことも」
「ラッキー、粘土タダだって」
「何作る?」
「俺メカバッキー」
「僕この間テレビで見た【デッドレンジャー】の怪人作るー」
 子供たちは最強であった。
 胸を張る男性の脇をすいっと通りぬけて、腕一杯に粘土を抱えて休憩所のテーブルに移っていく。無視されて打ちひしがれるポーズをとった男性に、無邪気に酷い言葉をかけていく。
「オッサン邪魔ー」
「ちゃんとここでやるって言ってるじゃん。粘土運ぶの手伝ってよ」
「オジサンカッコわりー」
「座ってないであっちで待ってろよ」
 更に落ち込んだ男性は、立ち上がったものの揺ら揺らと頼りない足取りで休憩所のテーブルにつく。その周りに子供たちが騒ぎながら座り、早速ビニールを破って説明書を読んでいる。
「オッサン?顔にヒビ入ってる」
「やだっ、どこ!?……あ、あー、えーと、どこだね」
「オッサン、今声が女みたいになんなかった」
「オカマ?」
「すげえ!本物初めて見た!やっぱキモいぜ!」
「誰がオカマかっ!?」


「何だありゃ」
「エイリアンという怪物を自分でデザインして作るという玩具のようだが」
 盛り上がる子供たちを見止めたのは、銀幕市を観光気分で歩いていた二人の男だった。
 一人は三十代、もう一人はおそらく十代後半、二十歳に届くか届かないかといった年齢で、二人とも同じような服とマントを着用している。
 彼らは、少し前に銀幕市に実体化した、『旅人』という映画に登場するとある国の軍の将校だ。年嵩の男はアイザック・グーテンベルク、若い男はナナキといった。それぞれ、大将軍、次期王位継承者などという大層な身分の持ち主なのだが、それを気にした様子は全くない。むしろ、銀幕市という場所ではそんな身分に特別な意味はないと清々しているようですらあった。
「エイリアンって……危険じゃねえの?」
 若い男――ナナキが怪訝そうに呟くと、年嵩の方の男、アイザックが風に飛ばされてきた【エイリアン作製キット】の説明書を読み上げた。
「何何……
『これであなたの好みのエイリアンが出来ちゃう!作り方は簡単、「えいりあんの素」を粘土に混ぜて好きな形に作り、最後に水をかけるだけ!あなたの言うことをよく聞く可愛いペットの出来上がりです!水をかける量によってエイリアンの大きさは変わります。』……『ただし、注意がひとつ。「えいりあんの素」を直接水には入れないように。材料にした不定形エイリアンが復活する恐れあり!』
……随分と危険な玩具だな」
 小さな文字でうめつくされた紙面を横から覗き込んで、ナナキが眉をひそめた。
「しかも小さい字で『ただし二分の一の確率で暴走して人を襲います。気をつけてね☆』とか書いてねえか、これ」
「……銀幕市とはかくも危険な玩具の横行する都市なのか。しかし、それでも平和だとは……民の一人一人の能力が高いのだな」
 真顔で納得したように頷くアイザックに、ナナキが横から突っ込んだ。
「いや、あのな、アイザックさん。コレが横行してたら平和なワケねーだろ?コレもう半分兵器みたいなもんじゃねーか」
 彼らはここで、今すぐにでもエイリアン作製を止めさせるべきだった。しかし、むべなるかな、彼らにはいまだ銀幕市は未知の場所。何が危険で、何が安全なのかを勉強中なのだ。
「では、一応役所に問い合わせた方がいいのだろうな。ナナキ殿下、この街にそういうトラブル専門の役所は」
「こないだ行った市役所の中。対策課とかいう」
「では、あの玩具を一つ証拠物件として貰ってこよう」
 彼らの対応は、事情を知らない者にしては迅速だった。だが、事情を知る者にとっては、遅すぎたのかもしれない。
 彼らの後ろの噴水の中、袋ごと投げ入れられた「えいりあんの素」が不吉に小さな泡を吐いていた。

種別名シナリオ 管理番号204
クリエイターミミンドリ(wyfr8285)
クリエイターコメント皆さんこんにちは。
ミミンドリです。
今回は、エイリアン退治のシナリオをお送りします。
皆さんには、エイリアンを作ったり、暴走するエイリアンを倒したりしていただきたいと思います。

作製したエイリアンが暴走する確率は二分の一ですが、もし暴走しなければ、作成者の言う事を聞くエイリアンの出来上がりです。非戦闘能力者は自分の作ったエイリアンで戦うのもいいかもしれません。
その場合は、エイリアンの外見をプレイングに書いて下さい。
もちろん、充分な戦闘能力を持つPCさんでも、エイリアンを作って一緒に戦うのもありです。

ちなみに、エイリアンの弱点は「熱・火」です。媒体が水なので、水気を飛ばされると動けなくなります。

強制ではありませんが、怪しげな露天商の正体に言及するのもいいかもしれません。

では、皆様のご参加をお待ちしております。

参加者
シャノン・ヴォルムス(chnc2161) ムービースター 男 24歳 ヴァンパイアハンター
アル(cnye9162) ムービースター 男 15歳 始祖となった吸血鬼
ソルファ(cyhp6009) ムービースター 男 19歳 気まぐれな助っ人
<ノベル>

「ねーオッサン、ヘラとか無いのー」
「せめてオジサンにせんか!ヘラならそこだ!」
「ねーオッサン、これ色塗れないのー」
「オッサンはやめーい!」
「あ、こっちに色つき粘土あるよ」
「マジで?こっちちょーだい」
「人の話を聞けぇいっ!良いか、目の部分の粘土はコレを使うのじゃぞ。そうしないと人形はどっちが前か分からなくなって後ろ向きに歩いたりするようになってしま」
「オッサン話長い」
「説明はちゃんと聞かんかっ!」

 賑やかな子供達の声と物悲しい叫びが聞こえて、真っ白な吸血鬼の少年はぱちりと目を開いた。吸血鬼にあるまじきことに真昼間から木陰で昼寝をしていた彼は、ゆっくりと体を起こした。透けるように白い肌、きらきらと木漏れ日を反射する銀髪と、本当に「真っ白な」と表現してなんら遜色ない少年だ。その、あどけなさの残る端麗な面も含めて。
「お目覚めですか?」
 不意に艶やかな声がして、白い容貌の中でそこだけは血のように紅い瞳を巡らせ、少年――アルはすぐ側に自らの使い魔である赤猫を認め、表情を緩ませた。
「ああ……子供達の声が聞こえてな」
 立ち上がって声のした方を見ると、6、7人の子供たちと二人の大人が小さな公園の東屋でテーブルを囲んでいた。
 何をしているのか。
 疑問に思って近付いてみると、なにやら粘土をこねて作っているようだ。
 子供達の散らかした包み紙や説明書を読むに、「えいりあんの素」という物質を利用して粘土人形が動くように出来るらしい。ちら、と傍らの燃えるような赤毛の猫、使い魔ルビーを見て、アルの瞳に好奇心が宿った。
「ひとつ、ルビーでも作ってみるかな」


 ソルファはさり気なく子供達に混じって粘土をこねていた。青い髪、青い瞳の彼は、「まだ」もしくは「もう」十九歳だ。子供らに混じるには微妙な年齢だが、彼は実に違和感なくその場に溶け込んでいた。彼は夢中で鳥らしきものを作っていて、子供達はいつの間にか紛れ込んでいたソルファを訝しく思うこともなく、仲良く並んで粘土を弄っていた。
 彼の服の裾からはとかげの尻尾に酷似した――しかし大きさは蜥蜴のそれとは比べようもないほど大きいが――器官がこぼれ落ちていて、興味津々な子供達はターゲットロックオンという目でそれをじっと見つめている。
 「ねえ、触っていい?」と訊ねて、答えを待たずに触る子どももいる。ソルファは肩を竦めてそれを甘受していた。
 別に悪い気分じゃない。
 何も言わずともそう顔から読み取れる、彼は表情のわかりやすい若者だった。


 その日、孤高の吸血鬼ハンターはたまたまその小さな公園を通りかかり、たまたまその光景を目にした。
 腰に剣を佩いて、どことなく似通った服を着込んだ男二人が公園から離れて行き、公園の東屋では6,7人の子どもが賑やかに何か作業をしている。
 吸血鬼の始祖たる彼は日光など問題にせず、また鋭敏な感覚が鈍ることもなく。シャノンの鋭い聴覚はナナキとアイザックの会話を捉えていた。
「んで?何て言って渡すんだ、対策課に」
「そうだな、『このような玩具は合法か否か』はどうだろう」
「見事なまでに用件しか言ってねーな、それ」
「む、何かもう少し変えた方がいいだろうか」
「『完成後に暴走する可能性大の玩具があったんだけどコレ放っといていいのかよ?』とかな」
「大して変わっていないぞ、ナナキ殿下」
「簡潔に説明してるじゃねーか。ってか、アイザックさんなあ、殿下って呼ばないでくれって何回言ったらわかってくれんだよ」
「しかし殿下は殿下だ」
「あのな……」
 対策課への依頼か、と公園に視線を戻す。一体どんな玩具なのか。
 モデルばりに均整のとれた細い体躯を公園に向ける。グリーンの双眸に興味の光が瞬いた。


 アルは、粘土で使い魔ルビーを作ってみようと思ったものの、アルの不器用さを良く知る当のルビーに止められ、とりあえず見ているだけに留めていた。
 子供達の手の中では、形に成ってきたような成ってきていないようなカラフルな粘土の塊がひかえめに自己主張している。そこでふと対面に座る青年が気になって、そちらに目を移した。
 青い髪でだぼだぼの上着を着ていて、その上着から茄子を取り出しては丸齧りし、また夢中で粘土を弄っている。時折聞こえるぱしん、という音は彼のとかげの様な緑色の尾が地面を叩く音だろう。
 白い粘土ばかりを使っているところを見ると、白がベースの人形にするつもりなのだろう。
 粘土ばかりを見つめていたその顔がひょいと何の前触れもなく持ち上がり、アルの視線に気付いて驚いた顔をした。本当にわかりやすい。
 とはいえアルも、人との付き合いにそれほど慣れているわけではなく、少し驚いた。
「こんにちは。私はアルと申します。失礼ながら、何を作っているのかお訊ねして構いませんかな?」
 見かけは14,5歳の少年でも、その実900歳近いアルだ。少年の外見を裏切る丁寧さで問いかけた。
「俺はソルファ。鳩を作っている」
 言葉だけを聞くと無愛想極まりないが、同時にひょいとおどけたように頭を下げることから、決して悪気はないのだとわかる。あまり喋る方ではないのだろう。
 口数の少なさを補って余りある表情の雄弁さに、アルはどこか好感を抱いた。軽い調子でしゃべりまくるどこぞの相棒どのを見慣れているせいかもしれないが。
「アル……か」
 背後から名を呼ばれ、アルは続けようとしていた言葉をのみこんで振り向いた。
「シャノンさん。これは奇遇ですな」
 そこには、銀幕市に来てから増えたアルの家族、義兄と呼ぶまでに親しい間柄の存在、シャノン・ヴォルムスが立っていた。


 そうして何故だかこんな状況になっている。
 色つき粘土を大量に使ってロボやらバッキーやらを作っている子供達、子供達に使われている怪しい男性、黙々と粘土を弄っている金髪の男と青髪の男、そしてそれを眺めている少年と猫。
「……さて、どんなものを作るとしようか……。普通に猛獣とかその辺を作っても良いんだが……」
 ひとりごちて、シャノンは全員の手元を一通り見回した。怪獣、ロボット、メカバッキー、怪人、恐竜、鳥、キリン。
「そうだな……矢張り人型か?しかも、異世界から来た美少女とかは珍しくないらしい……」
 秀麗な眉を寄せ、手を止めて考えこむ。
「……ふむ、だがそれを作ったら変態扱いされるか。……なら美少年型なら平気という事だな。ショートカットで……」
 気を取り直したように、黒のスラックスに包まれた長い足を組み、粘土の形成に取り組む。
 ソルファはそれをじっと見ていた。突然の闖入者が何を作るのか気になっているようで、手がお留守になっている。それでも、どこからか野菜を取り出して食べているのは変わらなかったが。
 先程、アルに声をかけた後流れるような動作で歩み寄ってきて、アメリカ人が挨拶する時のようにごく普通にハグしていたから、友人なのだろうと見当はついた。
 その後アルは真っ赤になっていたから、アルの方はそういう事に慣れていないのかもしれないが。
 そして、ソルファはそれをマイペースに見物していたのだった。


 シャノンは粘土を適当な大きさに千切ると、器用な手つきで人型に整えていく。
「服は……女装が流行っているらしいからゴスロリで決まりだな」
 女装が流行っているなどと銀幕市在住の女装騒ぎに居合わせた男達が聞いたら目を剥いて否定しそうだが、シャノン自身「銀幕市在住の女装騒ぎに遭った男」であるので、捨て身の皮肉ととっても良いかもしれない。なかなかイイ性格である。
 ヘラを使って服を作るのが、色つき粘土をちゃんと使い分けているところが妙に細かい。靴まできちんと作り、残るは顔の造作のみ。
 しかしである。大の大人、しかも男が二人至極真面目な顔をして鳩やら女装少年やらを作っている姿は果てしなくシュールだ。なまじ顔が整っているだけに、尚更である。
 ソルファはそんな事実に欠片も気付かず、完成間近の鳩を見つめてふっと息を吐いた。そこはかとなく漂う満足げな空気。最後の仕上げに取り掛かるべく、ヘラを手に取る。
 シャノンも完成間際の人形を前に改めて説明書を読み返していた。
「折角作ったのに暴走されたら色々面倒だしな……よく読んでおくに越したことはない」
 人形を見てなんともいえない顔をしている(気がする)赤猫の視線を受けて、
「女装美少年も充分変態っぽいかもしれんが……まあ、其処は気にしない」
 気にしない方針でいった。
「ふむ……水をかける量によって完成時の大きさが変わる、か。水をかける時に気をつければいいんだな。……よし」
 ひとつ頷いて、再びヘラを手に取る。
 人形の顔を眺め、美少年の顔を作ろうとして、はたと止まった。
 大人しく人形製作を見学していたアルの顔に目を止め。にやっとそれはもうとても面白そうに笑った。
 アルは、何か水音が聞こえた気がして周囲を見回した。とくに何の異常もない。
「……気のせいか?」
 呟いて顔を元に戻すと、シャノンとばっちり目が合った。なにかとても恥ずかしくなって赤面しかけて、しかしシャノンの手元で着々と完成されゆくモノを見て顔からざっと血の気が引いた。
「あ、あのシャノンさんそれは……っ!」
「ん?ああ、我ながら良い出来に成って来たと思うが」
 物凄く楽しそうな笑みを浮かべ人形の顔を作るシャノンは、絶対確信犯だ。
 ――女装美少年の顔がアルそっくりだとかいう事実においては。
 無駄に器用な手先は性格にアルの顔を形作っていく。
「可愛い弟だしな、上手く作ってやる」
「あ、いえ、ありがたいようなありがたくないような……それよりその人形の服装は」
「似合ってるだろ?いつぞやもよく似合っていたしな」
「……そ、それは忘れて下さい……」
 真っ赤になったり真っ青になったり忙しいアルと確信犯的な笑みを浮かべてヘラを動かすシャノンを、ソルファはソルファで面白がって見ていた。


「できたー!よーし、水かけて完成だぜ!」
「あ、待って待って俺もー」
「僕も出来たー!」
 子どもたちが声を上げて水道の蛇口に群がる。
「オッサン早く来いよー」
「遅いしー」
「とろーい」
「ぬぐぐ……!なんちゅうガキどもじゃ……!」
 ぷるぷると震えながら引き摺られていく露天商を尻目に、ソルファも出来上がった粘土のハトを手に乗せ立ち上がった。
 緑色の鱗の生えた尻尾でぺしぺしと楽しげに地面を打ちながら子供達の後を追う。一拍遅れてシャノンが立ち上がり、度重なる親愛発言にゆでだこのように赤くなったアルがそれに続く。
 子供達は競うように己の作品に水をかけ、粘土人形がむくりむくりと大きくなっていくのを見ると歓声を上げ、更に水をかけた。
「こらっ、あんまり大きくすると持ち運びが大変になるじゃろがっ」
 露天商の言葉などそっちのけ。蛇口のとり合いになり、ついには蛇口を諦め噴水に走るという暴挙(?)に出る子も現れた。
「そういえば名乗っていなかったな。シャノンだ。宜しくな」
 話しかけられて、果たして今まで視界に入っていたのかどうか、シャノンの関心がアルにしか向いていないと思っていたソルファは少し驚いた。それがモロに表情に出てしまうところがシャノンの苦笑を誘ったが、彼はそれを表面に出すなどということはしない。
「ソルファだ。よろしく」
 噴水に走った子が興奮した歓声をあげるのを見、ソルファは肩を竦めて、シャノンは大人の余裕(本人談)をかもし出して大人しく蛇口の前に並んでいた。
 だから、彼らには噴水の水が不穏に波打ったことなど知る由もなかった。


■ Change the mood ? ■

 耳を劈く悲鳴が上がった。
 虚を突かれて悲鳴の上がった方を見た者は息を呑んだ。少々いびつな形のキリンの粘土人形が関節の存在しない動きで子どもに絡み付いているのである。
「キモ――――ッ!」
「怖ぁっ!?」
 まだそんな暢気なことを言える子供達とは違い、大人たちの顔は鋭く引き締まっていた。
 ソルファは2本の腕と尻尾とを使い子供達を粘土人形から遠ざけた。シャノンは銃を構えて、動き出した子供達の粘土人形を睨む。ぱっと見暴走したかどうか区別がつかないのは、厄介だ。
 アルは噴水側のキリンにへばりつかれている子に駆け寄った。暴走したのだろう粘土人形は、ルビーの攻撃を受けて足のいくつかが取れかかっている。本来のルビーの実力からすると一撃で葬り去っている程度の相手だが、子どもに絡みついているため手を出しにくいらしい。駆けつけたアルは子どもから粘土人形を引き剥がし、吸血鬼の怪力でぶん投げた。
 黄色のキリンが宙を飛び、派手な水飛沫を上げて噴水に激突する。アルは、半泣きで縋りついてくる男の子をしっかりと腕に抱え込んだ。自分より一回りも小さな体は強張って、しがみついてくる手は震えている。恐怖と興奮で見開かれた目は噴水の方を凝視していた。
「マスター!」
 ルビーが鋭く注意を促す。彼女の視線の先では、千切れかけていた足が繋がったキリンが噴水の中でむくむくと大きくなっているところだった。
「もしや、水で……?」
 水が人形のエネルギー源だとするなら。アルの中でひとつの推測が確かな形を持った。その時、
「ンだこりゃ」
「少し目を離した隙に大分事態が進んでしまったようだな」
 何処か似通った雰囲気の服を着込んだ二人の男が公園に現れた。誰かが対策課に応援を呼んだのかとも思われたが、それにしては早すぎる。
「アイザックさん、とにかく子どもをどーにか安全なトコにやんねーと」
「ではナナキ殿下は噴水の方へ」
 その会話に出てきた名に、アルは聞き覚えがあった。キリンに警戒しながら走ってきたナナキに躊躇いなく子どもを渡す。
「お前は」
 アルだって外見は子どもである。
「私は大丈夫です。その子を何処か安全なところへお願いします」
 ムービースターは外見と中身の一致しない者も多い。アルの落ち着いた態度に、非力な庇護しなければならない存在ではないと察したのか、ナナキは男の子だけを担ぎ上げた。
「オラ、泣くな!ちゃんと片付けてやるからガキは礼の言葉だけ考えてな」
 その言葉に、半べそをかいていた男の子が、泣きながらむっと顔を顰めた。
「が、ガキじゃないもん!」
「泣きながら言われてもなぁ?」
「泣いてないし!」
 案外子どもの扱いが上手いナナキを見送って、アルはキリンに向き直った。

「ルビー!」

ごおうっ

 アルの声に応え、火炎が3メートルほどになったキリンを襲う。熱波を受けたキリンは表面が乾いたせいだろうか、細かなひび割れを纏い始め、その動きが明らかに鈍る。
 その隙を見逃さず、アルは地を蹴り粘土人形の懐に飛び込む。
 アルの放った爆砕が炸裂し、轟音と共にバラバラになった粘土があたりに飛び散った。
 もはや其処には、散らばった粘土しか存在していない。爆風を受けてだろうか、噴水の水面が波打っている。
 アルは噴水に背を向け、いまだ戦闘中のシャノンとソルファの元へ向かった。


 シャノンは4体の粘土人形を相手にしていた。大型犬サイズの粘土人形は、動きがそれほど素早くはない。シャノンにとっては大した敵でもなかった。

ドンッ パンパンッ

 ライオンの人形の足の付け根に一点集中で弾丸を撃ち込む。その間に襲ってきたやたら丸っこい粘土怪獣に銃床を叩きつけ、粘土メカバッキーにぶつける。
 平和の象徴、粘土ハトがひょこひょこと近付いてくるのへ細い2本の足をあやまたず撃ち抜く。
 音が聞こえ、銃を構えてそちらを振り向くと、銃を向けられ両手を顔の横まで上げたソルファ。手には茄子。
「おっと失礼。……子供達はどうした」
 ソルファは確か子供達を守っていた筈だ。ソルファが目で示した方向では、等身大の粘土怪人と切り結ぶアイザックの姿。その後ろにはナナキがいて、背に子供達を庇って周囲を警戒している。怪人は既に頭と右腕を落とされていて、加勢する必要は無さそうだ。
 ソルファは、茄子をばくばく食べながら足が取れてしまってころころ転がるしかない鳩を見つけた。ソルファが作った鳩だ。
「アルフレッド」
 彼はどこか納得したように言った。
「シャノンさん!」
 ドッと重い物を殴る音が間近で発生し、視界の端に吹っ飛ばされていく女装少年人形が見えた。それを吹っ飛ばした主、アルは微妙な顔をして人形を殴り飛ばした手を見つめている。自分と同じ顔の女装人形、しかもゴスロリが動いているのを見るのは、やはり何かこう、色々と思うところがあるのだろう。
「あれは、火に弱いです。水に触れて、切断した筈の足が繋がるのを見ました」
 ぽん、と手を叩いてなるほどと納得したソルファは、上着の中からライターとスプレー缶を取り出した。ライターの火をスプレー缶の発射口の前に持ってくる。
 そう、「良い子は真似しないでね☆」というアレだ。
 先程ぶつかった際にくっついて離れなくなったらしいメカバッキーと怪獣がごろごろとダンゴになりながら転がってきたところへ即席火炎放射器を向けた。スプレーの霧に乗って炎がダンゴに降りかかり、表面が急速に乾いていくのと同時に動きが鈍くなった。
 ソルファの足元に来る頃にはその大きさはサッカーボール程度になっていて、かちかちに固まっていた。
「……」
 ひとしきり炎をけしかけ、うんともすんとも動かなくなったそれを拳で小突いてみる。固い感触。表面が白くなっていることからして、壊そうと思えば壊せそうである。
 一歩離れ足を勢いをつけて落としてみると、ばっくりと2つに割れた。
 うむ、と結果に満足そうな笑みを浮かべると、ソルファはキンッとライターの蓋を閉めた。

 シャノンは後足で立ち上がって走ってくるライオンに回し蹴りを決めていた。
 シャノンの正確な射撃で前足がとれてしまい、少々滑稽な格好のライオンが2本の足で立ち上がると、長身のシャノンの背丈を越す。したがって足の角度は大きくなった。
 180度近い開脚での回し蹴りの3連撃で、ライオンの頭は無くなってしまった。
 頭の後ろでくくった長い金髪が流れ、黒いジャケットに映える。
 衝撃で後ろに倒れたライオンにマシンガンにも似た火炎放射器を向け、手元の引き金を引く。揺らめく炎の橋がライオンとシャノンの間に架かった。火のついた液体燃料をかぶったライオンは見る見る小さくなっていき、黒焦げの跡が残る土くれと化す。
 鮮やかな手際。
 最近キャラ崩壊が悩みのタネであるシャノンだが、その実力にはいささかの衰えもなかった。


 アルは転がるハトとイモムシのように動く怪人の腕と足、それに踏みつけられて動けなくなっている怪人胴体と頭部を前に何か話しているナナキとアイザックの方へ向かっていた。
 怪人が四肢と胴体、頭部とバラバラになっているのは、アイザックが切ったものらしい。
「とりあえず細切れにすれば動かなくなるのでは」
「でも回収が大変だぜ?」
「では何かで地面に縫いつけて置けば良いだろう。ナナキ殿下、短剣は何本ある?」
「3本かな。アイザックさんは?」
「9本」
「うわっ。なんでそんなに持ってんだ」
 物騒な会話をしている二人に近付くと、気さくに声をかけてきた。
「おー、お前か。キリンを吹っ飛ばしたのは凄かったな」
「ふむ、見事だった。私はアイザック・グーテンベルクという者だ。貴方の名前を窺ってもいいだろうか」
 最初から打ち解けた感のある二人にアルは戸惑ったが、とりあえず言う事は言わねばと意を決して口を開いた。
「あ、ありがとうございます……。私はアルといいます。あなた方のことはルイスから聞きました。馬鹿なことをやらかす奴で申し訳ない……」
 アルの相棒、ルイス・キリングは過日の『泥上格闘大会』にほとんど全裸で参戦したという前科(?)があり、アルはこの機会に相棒の言動を謝罪しようと思っていたのだった。しかし、ルイスのハイテンションと突飛な行動に振り回されているアルにとっては頭の痛くなる行為だったわけだが、もとよりテンションバリ高な大会主催者側は全然気にしていないっぽかった。
「ルイスって、あー、なんだっけか、あの全裸の奴か?」
「ほう……彼の相棒。なかなか見所のある、末恐ろしい若者だったな。歴代の泥上格闘大会参加者の中でもあそこまで思い切った格好をし、最後まで残った者はいなかった」
「面白い奴だったよなー。あれからふんどしとかいう勝負下着でうろつこうとするヤツが増えたよな」
「すぐに王妃様に捕まって世にも恐ろしいお仕置きを貰った者も多いと聞いているが」
「そりゃ、あの人はセクハラ大嫌いだしな。そういやノリで褌愛好会とかいうの作ったらしいぜ。怖いもの知らずここに極まれりだな」
 ルイスの影響は凄まじく彼らに浸透しているようだった。アルは頭を抱えた。ああもうあの馬鹿は!
 とにかく、家に帰ったら一回地獄を見せておこうとアルは思った。
「あ」
 ナナキが突然声を上げてアルの真横に前蹴りを放った。驚いてその足の先を見ると、折角忘れていた、間違えた、すっかり忘れていた顔がアルにそっくりな女装人形がいた。アルが裏拳を見舞おうとした瞬間人形の首がごろんと落ち、その後ろには一撃で首を落としたアイザックが剣を鞘に収めているところだった。
「アイザックさん、首落としただけじゃ動くって!足斬れ!」
 ナナキが言うとアイザックはそういえばそうだったか、と呟いてしゅらんと剣を抜いた。がっしりした体躯の彼が振るう剣は一撃一撃に重さがあるのだろう。一刀のもとに足を2本とも胴体から切り離し、上半身を蹴って倒すと取り出した短剣で手が動かないように地面に縫い付ける。
 足の方は胴体にくっつかないようにナナキが足で胴体から遠ざけていた。次いで頭を遠ざけようとして、その顔がアルにそっくりだということに改めて気付いたようだった。
「あ?あのさー、もしかしてコレ、お知り合いだったりとか……?」
 頭を片手に乗せてアルに問いかけるナナキを見て、アイザックが真顔のまま言った。
「しまった、貴方の知り合いだったのか。殺してしまったぞ。くっつければ生き返るか?」
「アイザックさんガキの前で際どい台詞ヤメテ」
 ナナキが平坦な声で突っ込む。アルはぶんぶんと首を振った。
「全然知り合いでもなんでもありませんとも!どうぞ焼くなり煮るなりお好きに!」
 後半がおかしいような気がする返事を返したアルは、先程の心臓に悪い光景を思い出して胸を押さえた。似ているだけの人形とはいえ、アルの顔をしたモノの首が落ちたのだ。全く心臓に悪い。胃まで痛くなってきそうだった。
 そしてそれはアルの使い魔たるルビーにも言えることだった。違うものとわかっていても、まだ心臓がばくばく言っている。タチの悪いドッキリ番組でもきっとここまでは動揺しないだろう。アルを何よりも大切に思うルビーには寿命が縮む光景だ。ナナキたちはアルを守ってくれたのだが、それでも何か文句を言いたい。
「でもこんだけそっくりってことは誰か知り合いが作ったんだろ?わりーな、壊しちゃって」
 心から申し訳なく思って謝っていることはわかるのだが手に人形の頭部を乗せたままこっちを向かないでくれ。
 切なる願いはアルとルビー共通のものだった。


 いつの間にか、噴水の水は止まっていた。否、止まっていたのではない。その証拠に、噴き上げる水はなくとも水かさはどんどん上がっている。
 水面が脈打つように揺れた。


■ Climax!■

 粘土人形達が一掃されたのを見て、子供たちがわあっと声を上げて飛び出してくる。
 ムービースターたちの、文字通りアクション映画のような活躍を見たせいだろう、その目はきらきらと興奮に輝いている。
「オイ、まだ安全かどうかわかんね……」
 いきなり噴水の水が四方八方に飛んだ。ナナキは言葉を途切れさせてそちらを見ようとして、顔面に直径30センチほどの水球をくらった。それはかなりの衝撃で、思わず後ろに倒れこんでしまう。驚きの声は水の中。慌てて起き上がるも、水は重力に逆らって顔の周りから離れようとしない。
「ごぼっ!?」
 息ができない。
 ナナキの顔に焦りが浮かんだ。
 そして、水球に顔を覆われて呼吸が出来なくなっているのはナナキだけではなかった。全員が水球に被弾していて、しかしシャノンは咄嗟にアルがルビーの力を使い放った高温の炎で水を一瞬のうちに蒸発させたため無事で、アルは同じようにルビーが炎を使って水球がアルに届く前に蒸発したため無事だった。アルは無意識に自分の大切な者を自分を犠牲にしてでも助けるところがある。それを知っていてのルビーの行動だったが、己は被弾してしまった。アルが気付く前に炎で蒸発させる。主に心労をかけたくないが為の素早い行動だった。
 ソルファはそれと同じくらいの速さで行動を起こしていた。子供たちがパニックに陥っていて、このままでは数十秒もしない内に溺れてしまうだろうということもあったが。
 ソルファは大きく口を開け、水を飲み始めた。顔のまわりの水が慌てたようにソルファから離れようとするが、叶わず、水はソルファの口の中へ吸い込まれていった。すぐに他の人間の頭に纏わりついていた水が慄いたように震え、ばしゃりと力を失って地面に落ちる。
「敵わないと知って水の制御を解いた、か?……ふん、知能を持っているようだな」
 シャノンは額にかかった髪を面倒そうに払いながら、薄く笑った。その視線の先には噴水。水がうねって不自然な隆起と陥没を繰り返している。
 ぬうっと水が盛り上がった。
「……冗談」
 誰かがぽつりと言った。それは高さ15メートルにもなる巨大な水の塔。中心あたりに赤いビニールの袋が浮かんでいる。
「ラスボス登場」
 ソルファが呟いた。


ざざざざざ ざりざりざり

 砂利の擦れる音がする。水の塔は触手のように水の腕を伸ばし、地面の砂利を掬いとっているようだった。
「……だ、誰かが『エイリアンの素』を噴水に入れたんだ……」
 露天商の言葉でその水でできた何かが復活したエイリアンだということがわかったが、「まだいたのかコイツ……」という空気と、表現の違いこそあれ「後できちんとした説明を貰おうか」という視線が一斉に露天商に突き刺さった。その中には「逃げたら後でどうなるかわかってるな?」的な視線もあり、露天商は逃げるに逃げられなくなった。
 全くとんでもないものを作ってくれた露天商は後でシメるとして。
「弱点とかねーのか、てめーが作ったんだろ」
「エイリアンそのものは私が作ったんじゃない。他の星から採取してきたんだ」
 ソルファは、ははーんと顎に手をやって横目で露天商を見た。『他の惑星から採取』などというSF的な言葉が出てくるからには露天商はムービースターなわけだ。
 アメーバのように蠢いていたそれの表面のところどころに、掬われた砂利が集まり、黒い斑点のようになっている。鎧のつもりか。否、そうではない。黒い斑点は水の塔の表面を絶え間なく動き回り、きしきしと砂利が擦れる音が聞こえている。
 その内のひとつがぐうんと盛り上がった。砂利の斑点が引っ張られるようにして棒状になり、更に伸びて長い水の腕の先端に砂利が集中する。それはゆらりと動いて彼らの頭上に移動し、呆然と水の塔を見ていた子供達にその腕を振り下ろした。

ダンッ

 石畳が激しい音を立て、破片を飛び散らせる。頭上でクロスした腕でエイリアンの攻撃を受け止めたアルは、みしみしと悲鳴を上げる腕を掲げたまま痛みに歯を食いしばった。アルが盾となって庇った子供達は無傷だが、腰を抜かしてへたりこんでいた。次々に襲い掛かる危険に、自失してしまったようだ。
「アル!」
 受け止めた際の衝撃で足が石畳を踏み割っているアルに、シャノンが感情を露わにした声で叫ぶ。
「大丈夫です!」
 アルの瞳が金色に輝き、ロケーションエリアが展開された。

 突如公園に青々とした草の生い茂る緑の丘が出現した。
 空は鮮やかな蒼空に変わった。こんな時でなければいつまでも見上げていたくなるような綺麗な青だった。力が漲り、腕にかかる負荷が軽くなったのを感じながら、アルは一瞬目を閉じた。脳裏をよぎる過去を胸のうちに押し込め、金に変わった瞳をエイリアンに向ける。
 アルの小柄な体から戦意が迸った。
 まるでその意志がそのまま炎に変じたような劫火がエイリアンの腕を焼く。アルの世界干渉能力、世界の法則に干渉することで本来ありえない自然現象を起こす、アルの出身映画での吸血鬼の始祖の能力だ。その威力は魔術をはるかに凌駕するというが。
 エイリアンの腕の先端の表面を覆っていた砂利がぱらぱらとアルの上に落ちる。水の塔が悶えるように崩れ落ちた。素早くアーチ上に水を伸ばし、何かと思えば落ちていた粘土人形の破片を吸収している。
 ソルファはまるでカエルの舌のようだと思いながらスプレーを振った。そこで、もうスプレー缶の中身が残り少ないと気付きぽいと投げ捨てた。背中からウォッカの瓶を取り出し、ぐいっと飲みこむ。カチリとライターをつける。
 サーカスなどで見られる口から火を吐く芸を披露するソルファを見て、酒好きなシャノンはちらりとウォッカの瓶に視線をくれたが、結局何も言わなかった。そこでそういう動作をしてしまうあたりかなり余裕だが、余裕のない彼はあまり想像できないので良いとしよう。
 エイリアンは吸収した粘土の目の部分を集めているようだった。エイリアンの正面と思われる場所にそれが集まって一つ目のようになる。次第にそれが分裂し、5個の球体がエイリアンの体に散らばった。その‘‘目’’の動きを見ていると、常に固定されている視線があった。その視線はアルと、ソルファに向けられている。先程からの攻撃に、この二人を危険と判断したのだろう。
「俺はノーマークか、舐められたものだ」
 鋭い笑みを唇の端に刷き、シャノンは不要となった火炎放射器を捨てて愛用する二挺の銃を取り出した。


 一方、ナナキに吊るし上げられ浮いた足をじたばたさせながら露天商は喚いた。
「た、たぶんあの赤い袋のなかにエイリアンの素が入っていたから、あの袋の中に核が入ってる筈なんだよ!あれを水から切り離して高温で消滅させればあるいはギャッ」
 セリフ途中でぼとっと落とされしたたかにお尻を打った露天商には一瞥もくれず、ナナキは4人に声をかけた。
「聞いたか?今の」
「しかと」
「ああ。これで狙いが絞られたな」
「ん」
「確かに。あそこを狙えば良いのですな」
 攻撃方針は定まった。
 味方にはどこまでも味方であり続け命をかけることさえ厭わないが、敵にはどこまでも残酷な悪魔であるナナキたちの国の国民性は、ナナキにも顕われているようだった。
「逃げんなよ」
 そう言ったナナキが露天商に向けた目は、歴戦の猛者でも背筋に震えが来るような光を湛えていた。



ビシュ

 エイリアンから何かが飛んできて地面を穿った。とん、と軽く肩を押してアルをその直線上から外したシャノンは、更にいくつか飛来するそれを見て目を細めた。水。水だ。水が飛んでくる。
 身体を捻ってそれをかわすが、速度からして当たったらタダでは済まないだろう。恐らくは圧縮した水を撃ち出しているのだろうが、圧縮された水は鋼鉄板をも貫く。
 シャノンは使い慣れた銃を握った。

ビシュ      ビシュ  ビシュ  ビシュビシュビシュ
ビシュビシュビシュビシュビシュビシュビシュビシュビシュビシュ

バン       バン    バン   ドンドンドン キィン
バンバンバンッ バンバンバンバンバンバン キィン バンッ

 飛来する水の弾丸を全て撃ち抜く。飛び散った水が雨のように彼らの頭上に降り注いだ。途切れることを知らない弾雨に、ソルファがアルの肩を突付いた。
「?何ですかソルファさん」
 ソルファが指差したのは地面に溜まっていく水。それが寄り集まって……
「っ!」
 アルは即座に地面に残っていた水を全て蒸発させた。しかし、それでもまだどんどん降ってくる。エイリアンは腕を伸ばし、腕の表面からも水の弾丸を撃ち込んでくる。
「散れ!」
 ソルファが叫ぶと同時に4人は四方に散った。
「子供達は!」
「ナナキ殿下が守っている!我が国では王族は屈指の結界術の使い手、心配は無用だ」
「逆に言やあそれ以外の魔法はからっきしってことなんだけどな!」
「今この状況では上等だと思うが」
「……」
 自由自在に動く腕の先端は砂利で覆われている。ただの水よりもダメージは大きいだろう。攻撃力を上げるために砂利を吸収したのだとすれば、目を五つに分けたのも『獲物』との正確な距離感を掴み攻撃を仕掛けるため。
 これほど知能と応用力のある生物がなぜ玩具などになっていたのか。危険極まりないというのに。
「てめぇ本当にタチわりぃな!」
「い、息ができない離せっ!ちゃんと調節した筈だったんだ!」
「調節だァ!?」
 結界内でナナキが露天商をシメているのを耳の端に聞きながら、シャノンは銃を連射しながら走る。炎を出現させてエイリアンの腕の2,3本をみるみる小さくしているアルが視界に入ると同時、何を考えるより先に体が動いた。
 アルがそれに気付いてシャノンを見る。シャノンは何を言うより先にアルをその場からどかした。肩に鋭利な痛み、今の行動で撃ちこぼした水の弾丸が身体を掠る痛み。
 シャノンは小さく舌打ちしてすぐに銃を持ち上げ水の弾丸を撃ち落すことに集中する。アルを狙った水の刃が掠った肩がジンジンと痛みを主張し、しかしその痛みもすうっと消えていく。
「シャノンさん……」
 すぐさま事情を把握し謝意と心配そうな視線をくれるアルに、シャノンはまるでいつもと変わらない表情を向けて見せた。
「義弟に庇われたままじゃ義兄としての立つ瀬がないからな」
 先刻の水球が飛んできたときのことを言っているのだろう、アルがシャノンを庇って水を蒸発させたあれだ。しっかり気にしていたらしい。
 アルは再び赤くなった。


 ソルファはアイザックと連携してエイリアンの水の供給源を断とうとしていた。ソルファはコマンダーとしての能力に長け、アイザックは戦場では司令官を務める役柄だ。考えることは同じだった。
 エイリアンは噴水の中にいた。ということは、いくらエイリアンを蒸発させてもどんどん水は供給され、エイリアンは復活する。キリがない。ならば元を断つ。ソルファを警戒しているらしいエイリアンは積極的に攻撃を仕掛けようとしてこない。飲み込まれるということはそれ程の恐怖だったのだろう。それよりも、エイリアンを飲みこんで腹を壊さないソルファが驚きだが。
「問題は水道管の中までエイリアンとやらが浸透しているかどうかだが」
 そんなことになったら、被害はどんどん大きくなる。時折襲ってくる水の腕を避けながら、ソルファは噴水の側にあった鉄の蓋をぐっと引っ張った。鍵がかかっている。アイザックを見上げた。アイザックは襲ってきた水の腕を軽く拳で突いただけで破裂させている。
 えええええ何ソレという顔をするソルファに、アイザックは蓋の前に立って剣を抜きながら答えた。
「人体とて水で出来ている。あそこまで固い水なら、武術の要領で破壊することは可能だぞ」
 キュイン――と流れるような金属音のあと、蓋が4つになって外れる。中には、太い水道管とそこに取り付けられた蜘蛛の巣がかかったバルブがあった。
「この後は頼んだ。私は機械とかそういうものはよくわからない」
「バルブを捻るだけだ」
「いや、この間自動ドアとやらに無視されたりもしているし、私はどうもそういうものとは相性が悪いようだ」
 がっちりしていて大柄な彼を認識できないとは、物凄い壊れっぷりの自動ドアだ。
 ソルファはそう思いながらバルブを思いっきり閉めた。


 そこから先はあっという間だった。
 エイリアンの体に微細な震えが走ったかと思うと、突然全ての攻撃を止め、ヤマアラシのように大量の水の腕を伸ばして一斉にソルファに襲い掛からせた。弾かれたように後ろに退いたソルファを尚も追う水を劫火で蒸発させたアルをいくつもの水の刃が襲い、それをトリガーを引く指が霞むほどの連射で雨に変えたシャノンをぐわりと動いた水の腕が叩き潰そうとして、その前に駆けつけたアイザックに砕かれた。
 硝煙を上げる銃を持ち替え、撃ち尽くしたマガジンを捨て、新しいものを取り出す。度重なる連射で銃は熱を持ち、シャノンの手には癖になりそうな痺れが僅かに残っていたが、それは否応無しに戦闘の高揚を引き出すものだ。攻撃を全て無力化されて不気味な沈黙を保つエイリアンを見据えた。
「水の供給は止めた。あとは焼き尽くすだけだが」
 アイザックが腰を落として全周囲方向の攻撃に対応できる体勢を作りながら言う。
 しかし、沈黙が不気味だ。何をしようとしているのか。それとももう諦めたのか。
「うおっ!?」
 あまりにも突然にナナキの驚いたような声が聞こえ、大なり小なり驚いてそちらを見ると、草の根を分けて密やかに近付いていた水がナナキたちの前に立ち上がっていた。ごうっと炎が現れて水を退ける。ルビーがナナキと共にいて、護衛を買って出ているようだ。無遠慮な子どもが苦手なルビーからすると珍しいが、そんなことを言っていられる状況でもなかったということだろう。ナナキは子どもの扱いが上手そうだから、少し配慮して抑えてくれたのかもしれない。
 水は何度もナナキたちに近付こうとしているが、ある一定の距離から、どうしても近づけない。なにかがあるようにも見えないが、そこに見えない壁でもあるかのように進めないのだ。
「ナナキ殿下の結界だ」
「……人質にでも取ろうとしたか?生憎だったな」
 シャノンが皮肉を放る。
 アルが炎を生み出した。一気に火力を上げる。銀の髪が炎に照らされ橙色に煌く。炎に囲まれたエイリアンは炎から逃げるように身をくねらせ、その巨体をぐうんと曲げてアルの頭上に落ちかかってくる。炎を上げることに集中しているアルをソルファが抱え飛び退き、飛来する水の刃と弾丸をシャノンが精密な射撃で迎え撃ち、伸びてきた水の腕をアイザックが掌底で破裂させる。
 炎はいまやエイリアンを覆いつくし、エイリアンは徐々に小さくなっていくが、まだまだ巨大だ。シャノンは揺らめく炎のなかに赤いビニールを認めた。
「アンタ……アイザックっていったか?」
 水の刃が少なくなったのを契機に、シャノンはアイザックに声をかけた。
「ああ。貴方は?」
「シャノンだ。手短に言うが、さっきから見ていると水を破裂させることができるようだな?あの核の近くの水を吹き飛ばすことはできるか?水の壁が厚くて核に弾が届かん」
 弾丸が水に効くわけはないと分かっていながら、しかしアイザックは即答した。
「合点承知」
 真顔でネタ的セリフを吐くアイザックを思わずまじまじと見てから、今のは天然なのか突っ込み待ちなのかとちょっと真剣に考えるシャノンだった。
「アル!核の周りだけ炎を弱めろ」
「はい!」
 核の周りの炎がボウッと消え、間髪いれずアイザックがソルファの手を借りて飛ぶ。アイザックの拳が核の露わになった水の塊に触れる。水が破裂し、核を守る水の壁が薄くなった、シャノンはそこを狙った。
 アイザックの拳の下をシャノンの放った弾丸が通り抜けてゆく。水の壁に弾丸が接触し、赤いビニールに向かって突き進む。赤いビニールに届く前に、水圧に負けて弾丸が止まった、刹那。
 エイリアンの巨体が凍りついた。
 文字通り氷像と化したエイリアンに、アルは驚いて炎を止める。
「凄まじい威力だな……わざわざ核の近くに撃ちこむ必要は無かったか。流石は、と言ったところだな」
 シャノンの使ったものは某魔性の美壮年に貰った水撃弾だった。意思一つで氷結弾に変えることのできるそれを、今回は氷結弾として使ったのだ。今回、とんでもない隠し玉を持っていたのは、シャノン・ヴォルムスだったというわけだ。



■ The end …… ? really ? ■

 アイザックがバレーボール程度に小さく斬り出した核を手に乗せ、ナナキが露天商の襟首を捕まえ、突き出す。
「これが核で間違いないんだな?」
 シャノンが尋ね、露天商はむっつりして頷いた。
 アイザックが氷の塊をアルに渡すと、アルはそれを炎の中に投げ込んだ。氷が溶けた先から水分が蒸発し、ものの数秒で何もなくなってしまった。
「これでお終い、ですね」
 やれやれ、という空気が漂う。ソルファなどはまたナスを取り出してぼりぼり齧っている。
「――で、貴様は何者だ」
 シャノンの声でまた空気が引き締まる。露天商はむっつりと押し黙り、膨れっ面をしている。
「とりあえず女だろ」
 ナナキがさらっと言った言葉にソルファが頷く。男性にしては高い声から、若い女性だと思っていたのだ。恐らく、粘土の仮面か何かを付けている。
 が、ナナキは違う点から露天商が女だと見破ったらしい。
「体つきが女だしな。所作も女だ。顔以外全部女だって丸分かりだぜ」
 何気なく観察眼は鋭いらしい。そしてその言葉の裏に仄かに過去の女性歴がにおう。
「水でもかけてみるか?変装が解けるかもしれん」
 シャノンが言うと、「そーだな」とナナキが同意する。しかし、ここでアルの使い魔ルビーが人型に変身し、提案した。人型になったルビーは、赤い髪を腰まで伸ばしたマーメイドドレスの美女だ。
「女性に手を上げると皆さん外聞が悪いのではありません?水をかけなくても、顔に貼り付いているのは粘土のようですから、私が剥がしましょう」
 女性でも、敵だというなら容赦などしない者たちばっかりであるが、まあ確かに女性に手を上げると外聞は悪い。異議を唱える者は居らず、ルビーは露天商の顔に手をかけた。
 暴れる露天商から粘土を剥ぎ取ると、そこにはまだ少女を抜け出したばかりの年齢の、黒いアイシャドウの恐ろしく目立つ顔があった。
 瞼が黒く塗られ、こめかみまで線が伸びていて、明らかに化粧としての意味で塗ったのではないだろうとわかる。
「で、名前と出身映画と職業と目的」
 ナナキがぞんざいに促すと、観念したのか膨れた顔のままぶつぶつと呟く。
「ビォンリ・ルゥ。『滅亡の前夜』。科学者」
「目的は?」
 彼女は睨むように顔を上げた。
「目的?あたしの至上目的はエイリアンが危険なものじゃないって皆に知らしめることだ!」
 どうだすごいだろう、と胸を張られてもばっちり失敗している彼女のどこがすごいのかさっぱりわからない。
「思いっきり危険だったが」
 シャノンが呟くも、彼女は全く聞いていない。
「粘土に混ぜて子どもの玩具とかってすごくいいアイディアじゃん!今回は誰かが噴水にエイリアンの素入れちゃったからちょっと大変だったけどさ」
「全然『ちょっと』じゃねーよ」
 ナナキが突っ込む。子供達はふらふらと頼りない足取りで帰っていった。たぶんトラウマ決定だ。
 思うに彼女は、そういう発明品を作れるというところは頭が良いのだろうが、その他の人間として肝心な所がお馬鹿ちゃんだ。アルが顔を顰めて口を開こうとした時、ぼんっと彼女の体が爆発した。
「!?」
 ただの爆発にしては煙の量が多すぎる。ちくちくと目が刺激されて目を開けていられない。
「煙幕!?」
「催涙弾か!」
「どこいった!?」
 こんな古典的な方法で逃亡を図るとは。
「はははははははは!あたしは逃げ足で負けたことなどない!」
「自慢できることかそれ!?」
 やはり律儀に突っ込むナナキの声のあと、彼女はどこかに消えた。


 とりあえず彼女のことは対策課に知らせておくという結論で別れた5人だったが、ソルファは足を止めて公園を振り返った。
 彼女が逃げていく時。
 マントをかぶったハトくらいの大きさの小さな影が彼女を追っていったように見えたのだ。それは、顔に<災厄>と書いた札を張りつけていて、『ムギーッ!』と地団太を踏みながらひゅうんと彼女を追って飛んでいってしまったが。
 あの感じからして、たぶん、彼女にとり憑いて不幸にさせようと頑張っている疫病神みたいな存在なのだろう。
 そしてたぶん、彼女の性格からすると不幸にするのはかなり難しいというか、無理っぽい。
 彼が彼女を不幸にすることができる日は来るのだろうか?
 答えを考えて、ソルファはそっと合掌したのだった。





クリエイターコメントこんばんは、今回もやっぱりギリギリで提出のミミンドリです。
今回は、それほど長くないノベルになったと(自分では)思っています。

余裕を持って書いたはずなのに何故今回も締め切り当日に提出することになっているのだろうと我と我が身を省みて遠い目をしてみました。
お待たせしてしまって申し訳ありません。

参加してくださった3名様、今回は本当にありがとう御座いました。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
プレイングは頑張って全部詰め込もうとしたのですが、至らない点がそこかしこに見え隠れすると思います。力及ばず、で本当に申し訳ありません。皆さんの楽しいプレイングは本当に一言一句漏らさずに詰め込みたかったのですが・・・。
ちょっと気になる、おかしい、等ありましたらこっそり教えてくださると嬉しいです。

ここまで読んで下さって有難う御座いました。
では、また別のシナリオでお会いしましょう。
公開日時2007-09-24(月) 21:20
感想メールはこちらから